桑田真澄伝説(PL学園−巨人−パイレーツ)

高校野球(甲子園)から巨人パイレーツまで全成績など紹介


 
本名 桑田  真澄
くわた ますみ
生年月日 1968年4月1日
身長 174cm 体重 80kg
出身 大阪府八尾市 投打 右投右打
プロ入り 1985年ドラフト 1位 初出場 1986年5月25日(NPB)
2007年6月10日(MLB)
経歴 PL学園高等学校(1983-1985)→読売ジャイアンツ(1986 - 2006)
→ピッツバーグ・パイレーツ(2007-2008)
獲得タイトル 最優秀選手(MVP):1回(1994年)
沢村賞:1回(1987年)
最優秀防御率:2回(1987年、2002年)
最多奪三振:1回(1994年)
ベストナイン:1回(1987年)
ゴールデングラブ賞:8回(1987年、1988年、1991年、1993年、1994年、1997年、1998年、2002年)
最優秀バッテリー賞:1回(1994年、※捕手は村田真一)
オールスターゲーム選出:8回(1987年〜1989年、1991年〜1994年、1997年)




藤本美貴 甲子園時代(PL)

PL学園で甲子園に1年生の夏から3年生の夏まで連続で5度出場(出場可能な全ての大会に出場)し、優勝二回、準優勝二回、ベスト4一回の成績を残す。桑田・清原のコンビはKKコンビと呼ばれそれぞれ1年生の時からエース・4番として活躍し、甲子園に伝説と記録を残した。
桑田は戦後最多の甲子園通算20勝という破られる事はなであろう不滅の記録を打ち立てた、打撃でも6本塁打は清原に次ぐ歴代2位の記録を残す。 more...

GAM プロ時代(巨人−パイレーツ)

1986年ドラフト1位で巨人に入団。1年目こそ結果は出せなかったが、2年目には最優秀防御率・沢村賞に選ばれ、以降、斎藤、槙原と共に「三本柱」と称され巨人のエースとして活躍する。1990年の登板日漏洩疑惑(潔白が証明される)、1991年借金発覚などのバッシングを受けるが強靭な精神力で、活躍を続ける。1994年には、10.8決戦で胴上げ投手となりMVPを獲得する。選手としての最盛期を迎えた1995年右肘側副靱帯断裂の重傷を負ってしまう。1997年に奇跡のカムバックを果たしすが、以前のような投球は出来なかった。それでも努力と抜群の投球術で1998年には最多勝争いに加わる16勝、2002年には15年ぶりの最優秀防御率のタイトル獲得する。しかし徐々に活躍の機会がなくなり2006年9月巨人を退団し、長年の夢だったメジャーリーグに挑戦する。開幕前の苦難を乗り越えメジャーに昇格し6月10日にメジャーデビューを果たす。2008年再びメジャーに挑戦するが開幕メジャーの夢叶わず引退を決意する。 more...

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